これみよがし日記

感情の整理箱

水色のタグ(8/2)

昨日は夜中の3時ごろまでワイワイ騒いでいた。シックなソファーに人の体の2倍はあるような写真が壁に飾ってある。机に一つ一つにキャンドルが散りばめられ、チカチカと点滅している。隣の席では外国人がお酒を片手に談笑している。隣に座っている女性を口説いているのかな。頬の筋肉の緩み具合から3杯は飲んでいるはずだ。

「隣座ってもいいですか?」

カウンターで飲んでいると、斜め後ろから低音の野太い声が背中に当たる。

「はい」

「よく来るんですか?」

「いえ、初めてです」

話を聞くと平日によく足を運んでいるらしい。常連だからもう飲むお酒がないんだよねって笑いながら教えてくれた。そうなんだ。ワクワクしながら飲めるお酒がないのは寂しいかもしれない。

「僕ね、ここから3キロあるんですよ。家まで」

このおじさん、よく喋る。いつ息しているのか心配になるくらい息継ぎも巧妙だ。ノンストップで話しかけられると、不思議と心地の良いBGMみたいになるのは新しい発見だ。やけに声が響くと思ったら、気づけばお客は僕たち2人だけになっていた。それにしても、お姉さんに声をかければいいものの何故僕に声を掛けたのだろう。さっきの会話だって女性に話しかけているのかと錯覚するくらいの気遣い方である。謎が深まるばかりである。後ろを見渡したついでにおじさんをみてみると、シャツの後ろ襟のタグに、クリーニングに出した時に付けらる水色の紙のタグが付いていた。

「君、若いんだからこんなところに1人で来ちゃダメだよ」

もうおじさんの声なんて何も入ってこない。引き笑いをすると水色のタグが揺れる。小刻みに揺れる紙を目で追っていた。人の鼻毛が気になるように、タグもまぁまぁ気になるようだ。よくみてみると、タグが半分ばかり捻れているのも気になる。タグをつけている人の説教など心に響くわけもなく、それ以降最後までタグが取れなかったことを見送り、そのまま解散した。

おじさんは、これから3キロ歩くから、食べた分痩せるかなと淡い期待を膨らませて帰っていった。おじさんの身なりは一般の人よりも綺麗にしている方だった。にも関わらずシャツだけは無防備だった。もしかしたら、シャツの襟についているタグは取らない派の人なのかもしれない。そうだとしても僕には何にも関係なかった。ただ、揺れるタグをみながら飲むお酒は特別な味がした。