これみよがし日記

感情の整理箱

全ては気合で終わらせられた

この頃、気合でどうにでもなるのではないかと思い始めました。迫りゆく期限に押しつぶされて私はこのまま締め切りという概念に抹殺されて死んで行くんだと思いました。いつだって容赦なく取り立ててくる様は変わらないし、そういう契約なんだけどなんだか弱者のように感じるのは、染み付いた被害者意識だからなんだろう。進捗どうですか?パブロフの犬のように反応し、よだれを垂らすように携帯を伏せる。でそんなことしても実際にそれを結んだのは自分であることに気づかないポンコツなのだ。被害者意識だったりお客様体質から抜け出せない。これはいつからそうなってしまったのだろうか??
思い当たる節もなく、きっと日常生活レベルの一つ一つの動作が自分の体を染み込ませたのだ。レストランに行っても料理が出るのが遅いとクレームが入り、飛行機に乗れば誕生日を祝われなかったとクレームが入る国で育った私からしたら、それが当たり前なのだと錯覚してしまう。周りがそうならそういうものだと認識するのが一般的で、親の背中を見て育つように近くの環境に沿って暮らすことはたぶん自然なことだ。歳を重ねていくにつれてそれがただの人間が浅い人たちだとわかった。世界は誰かの思いで作られているし、その意思が善意であるかは怪しい。頭のいい人が自分に利益が回るように作られていることの方が大半だ。仕組みを作る者が強い。
この世界は誰かの手の上で踊らされている。ちょっとした闇を理解するには時間がかかった。でも、目を背けたくない。その気持ちは遥か遠くに行ける気がした。自分の頭で考えるのやめない。