アポ日記

感情の整理箱

感情と本と私。

ひとつひとつ文字を眺めながら本を読む。ここにある全ての文字が、心の奥底に潜む感情を表し、誰かの心へと移りゆく。まだ出会えなかった自分の扉をこじ開けてくれる。私の鍵穴はここ。そう言われるがままに導いてくれる。こんなにもたくさんの文字が、集合をなすことによって、ただの記号としてではなく、自分を揺さぶってくれるものとして変わる。ここに記されている文字は全て必要で、一つでも欠けてしまったら意味をなさなくなるような文章が好きで、そういう文章に出会えると、その文字一つが尊く感じる。ここにあるもの全てが私の必要なものです、と宣言されているみたいで、ゆっくり見させてくださいねと返事をしたくなる。

本の読み方はひとそれぞれ、といってしまうと話が終了してしまうのだけど、それを実感するのはもっとずっと後の話だった。学校に行っていた頃は、試験のために読まなければならない本があったりして(それはそれで普段読まない本に出会えて今思えばよかったのかもしれないけど)、意思とは関係なく強制的に読む機会があった。その時学ぶ読み方は、効率優先だったり言いたいことをパッと読み取る能力だったりして、自分の好きな読み方をするという場面がなかった。だから、みんな授業中は必死になって問題を解いていたし、模試の点数を上げるためにそれ専用の読み方を実践していた。

あの頃は学校という狭い社会の中でのルールが全てで、外の世界を知らなかった私は、好きな本を好きな読み方で読むことが少なかった。(もちろん、勉強としての本以外の本を読んでいたけれど、自分なりの読み方を確立してはいなかった。)やがて学校を出て、誰の指南を受ける環境がなくなった。今まで中々じっくり読む時間がなくて、躊躇していた本たちを触る機会がぐんと増えた。あれもこれも、と探しては読む。好きな時間をかけて、好きな部分を読む。今まで考えたこともないことを考えるようになった。

本の数も蓄積されて、いろんな本に触れていくうちに、自分の好みが分かるようになってきた。強かな女の子の話や、人生に打ち破れた人の話。自分の中で一回通ったことがある感情や状況を見つけると、あ、この話なんとなく分かるなぁ、と納得できた。文字という記号を介して自分の中で落とし込まれることに戦慄が走った。会ったこともない人の、遠い遠いはるか向こうの土地の出来事や、ずっと昔の懐かしい風景を現代を生きる自分にまで届いていることがとても嬉しかったし、すごく不思議なことのように思えた。

あれからも自分の好きな本を見つける作業が好きだし、今も続いている。最近は女の子の複雑な恋心の変化が好きで、よく見たりしている。やっぱり、いつの時代も女の子は無敵だし、最強に可愛い。自意識過剰という言葉があるけれど、過剰になって拗らせている方が何倍も魅力的だ。拗らせてる方は生き辛さに苦しかったりするんだけど。事あるごとに敏感になって拗らせて、その先にあるものを見つけた時、ひとつ違うステージに移っているんだろうな。過剰にならないとわからないものもあることが生きることの救いだ。

時代や環境に縛られて身動きできない女の子。翼がボロボロでうまく飛ぶことができなくなった女の子。すぐにでも最低になれる女の子。

自分のいる環境や立ち位置に頭を悩ました時もあったけれど、そんな感情をすくってくれたのも、誰かが顔の見えない誰かに書いた言葉だったりする。見えない情緒が、文字を通してそこにあるものに変わる。その瞬間、一人の人間が引き上がれるのだ。同じ境遇で落ち込んでいたり、最低な自分にうんざりしたり、嫌になったり。きちんと自分の感情と向き合える、そんな本にこれからも出会いたいな。